カオス!? 世界が荒れ果て混乱、破壊、そして闇夜となる・・!?

カオス!? 世界が荒れ果て混乱、破壊、そして闇夜となる・・!?

ノーベル平和賞は2017年「核廃絶」(ICAN)、2018年「性暴力廃止」で世界のための「光の計画」が光輝いています。そして、「1%の富裕層」大統領に反旗を翻したフランスに続き、民衆のデモパワーが世界各地で起き始めています。第三フェーズ・2018年12月は混乱を極めて「破壊的」な社会事象です。自らIS国の性暴力にあって告発をしたナディア・ムラドさんの声明文は読んでおいた方がいいのでここに抜粋します。「無関心が最も罪である!」とデニ・ムクウェゲ医師(63)が講演し、今も続く性暴力やマイノリティー迫害に対する国際社会の取り組みを求めました。2人は今も続く性暴力やマイノリティー(少数派)迫害に対する国際社会の取り組みを求めましたた。講演内容は次の通り。「この栄誉を授けてくださったノーベル賞委員会に感謝します。性暴力の被害者を助けるため、そして暴力の支配下にある女性たちの声になるために不断の努力を重ねた友人のデニ・ムクウェゲ医師と共に、この貴重な賞を与えられたことは大変光栄です。私は心の底から皆さんにお話しして、共有したいのです。私の人生の進路、そして全てのヤジディ教徒の人生が、ジェノサイド(集団虐殺)によっていかに変化を強いられたかを。そして、過激派組織「イスラム国」(IS)が女性を捕らえて男性を殺害し、我々の巡礼地や礼拝所を破壊することで、いかにしてイラクを構成する要素の一つを根絶しようとしたかを。今日は私にとって特別な日です。善が悪に打ち勝ち、人類がテロリズムを破った日です。迫害に苦しんだ子どもや女性が、犯罪者に打ち勝った日です。今日という日が、新しい時代の幕開けになることを願っています。平和が最も優先され、女性や子ども、少数派、特に性暴力の被害者が迫害から守られる新しい行程表を作ることに、世界が団結して取り組み始める時代です。私は(イラク北部の)シンジャル南部にあるコジョという村で幼少時代を過ごしました。当時、ノーベル平和賞のことは何も知りませんでした。世界で日々起こる争いや殺戮(さつりく)について、何も知りませんでした。恐ろしい罪を人類が互いに犯すことができるだなんて、全く知りませんでした。若い女性として、私は高校を卒業することを目指しました。シンジャルで家族の近くに住み、村に美容院を開くことが夢でした。しかしこの夢は、悪夢に変わりました。予期していなかったことが起こったのです。ジェノサイドです。結果として、私は母と6人の兄弟、そして兄弟の子どもを失いました。全てのヤジディ教徒の家族が同様のストーリーを持っています。我々の生活は、理解が追いつかないほど一夜にして変わってしまいました。全てのヤジディ教徒が、離ればなれになった家族を数えています。平和なコミュニティーを作っていた社会構造は破壊されました。平和の旗を掲げて寛容の精神を持った文化は、無益な戦争の燃料にされました。私たちは歴史的に、信仰や宗教という理由で数々のジェノサイド被害に遭ってきました。その結果、トルコでは少人数のヤジディ教徒しか残っていません。シリアには約8万人がいましたが、現在はたったの5千人です。イラクでも同じ運命をたどり、人数は著しく減少していますヤジディ教を消し去るというISの目標は、適切な保護が与えられない限り達成されてしまうでしょう。これは、イラクやシリアに存在する他の少数派にとっても言えることです。我々を守ることにイラク政府とクルディスタン地域政府が失敗した後、国際社会も同様に、ISから我々を守ってジェノサイドを食い止めることに失敗しました。コミュニティーが丸ごと消滅するのを、ただ眺めていたのです。我々の家、家族、伝統、人々、夢、全てが破壊されました。ジェノサイドの後、国際的にも地元でも同情を集め、たくさんの国々がこの虐殺を認識したのです。それでも虐殺は止まりませんでした。今でも消滅の脅威が存在しています。ISに収監されているヤジディ教徒の苦境は変わっていません。逃れられないし、ISに破壊されたものは何も復興されていません。今のところ、虐殺へとつながる罪を犯した犯罪者は誰も裁かれていません。私はもう同情はいりません。それらの気持ちを、行動に移して欲しいのです。もしも国際社会がこの虐殺の被害者に本気で手を差し伸べたいのならば、そして私たちを難民キャンプから各自の住まいに戻し、再び自信を与えたいのならば、国際社会は国連の監視の下で国際的な保護を与えなければいけません。国際的な保護がなければ、別のテロリスト集団から再び虐殺されないという保証はありません。虐殺の被害に遭った人々に隠れ場や移住する機会を、国際社会は与えなければいけません。今日という日は、全てのイラク人にとって特別な日です。私がノーベル平和賞を受賞する初めてのイラク人だからという理由だけではありません。今日という日は、ISというテロ組織からイラクの土地を解放したことを祝う日でもあるのです。北から南までイラク人は団結して、世界の代わりに長い道のりの戦いを過激派組織相手に行ってきました。団結は我々に力をもたらしました。加えて、我々は努力を結集し、ISの犯罪を調べ、ISがイラクの広範囲を支配することを歓迎した者、手助けした者、そこに加わった者を罰しなければいけません。ISが去った後のイラクに、テロリズムや過激主義の場を与えてはいけません。国を建設して安全や安定性、繁栄をイラク人の利益のために団結しなければいけません。ISがイラク社会の一部を構成する人たちの存在を消し去る狙いで、2014年にどれだけ無類の残虐行為をヤジディ教徒に働いたか、我々は毎日思い出さなければなりません。彼らは、私たちが彼らと異なった信条と文化を持ち、互いに殺し合うことや人々を収監したり奴隷にしたりすることに反対する、ヤジディ教徒であるというだけの理由で、この虐殺を行いました。グローバル化と人権が叫ばれるこの21世紀という時代において、6500人以上のヤジディ教徒の子どもや女性が捕らわれて売買され、性的にも心理的にも虐待されています。14年以降、日々懇願しているにもかかわらず、ISに捕らえられていた3千人以上の子どもや女性の運命がいまだに分かっていません。人生を謳歌(おうか)するはずの若い女性が捕らわれ、売買され、毎日レイプされているのです。これらの女性を自由にするために、世界195カ国の指導者たちの良心が働かないことは、信じられることではありません。もしもこれが商業や油田や、武器の輸出だったらどうでしょうか。確かに言えることは、女性たちを自由にするために努力した跡は見られないと言うことです。毎日、私は悲惨な話を耳にします。数十万人、いや数百万人の子どもや女性が世界中で迫害や暴力に苦しんでいるのです。毎日、シリアやイラク、イエメンの子供たちの叫び声が聞こえてきます。毎日、私たちはアフリカやほかの国々の数百人の女性や子供たちが、誰にも助けてもらえず、犯罪者たちの責任を問おうとしてくれる人もいない中で、人殺しの対象になり、戦争の燃料にされているのを目にします。およそ4年間、私は世界中を旅しながら自分や自分のコミュニティー、ほかの弱いコミュニティーの話をしてきましたが、まったく正義は実現できていません。ヤジディ教徒をはじめとする女性や少女への性暴力の実行犯たちは、まだ、その犯罪行為について訴追されていません。正義が下されなければ、ジェノサイドは私たちやほかの弱いコミュニティーを対象に繰り返されるでしょう。正義こそが、平和と、イラクの様々な構成要素の共存を実現するための、唯一の方法です。もしも女性のレイプや監禁といった事件を繰り返したくないならば、女性や少女に対して性犯罪をした者たちの責任を問わねばなりません。この名誉に大変感謝します。ですが、私たちの尊厳を回復できる唯一の賞は、正義と犯罪者の訴追であることに変わりはありません。ヤジディ教徒であるというだけで殺された、私たちの仲間や愛する人たちに報いることのできる賞はありません。私たちの仲間や友人たちの普通の暮らしを回復できる唯一のほうびは、正義と、残された者たちに対する保護です。(略)ヤジディ教徒や世界中のすべての弱いコミュニティーを守ることは、国際社会の責任であり、人権保護や少数派保護、女性や子どもの権利保護に取り組む国際機関の責任です。紛争や内戦が起きている地域についてはなおさらです。私はパリ平和フォーラムに参加することを認められました。この会議は、第1次大戦の終結から100年を記念するためのものです。でも、第1次大戦が終わってから、どれだけ多くのジェノサイドや戦争が起きてきたでしょうか?戦争、特に内戦の犠牲者は数えきれません。世界はこうした戦争を非難し、ジェノサイドを認定してきました。ですが、戦争行為を止めたり、再発を防止したりすることはできませんでした。(略)不正義や抑圧と闘うために団結しましょう。声を上げ、そして一緒に言いましょう。暴力にノー、平和にイエス、奴隷所有にノー、自由にイエス、人種差別にノー、平等とすべての人々の人権にイエス、と。女性や子どもの搾取にノー、彼らにきちんとした自立した生活を提供することにイエス、犯罪者を野放しにすることにノー、犯罪者の責任追及と正義の実現にイエス、と。」次にムクウェゲ医師の講演です。煩わしい現実があります。ゴールドやコルタン、コバルトといったあり余るほどの天然資源が、戦争や過激な暴力、絶望的な貧困の原因だという事実です。私たちは素敵な自動車、宝石、おもちゃが大好きです。私自身、スマートフォンを持っています。これらのものには、私たちの国で見つかった鉱物が使われています。ときには、鉱物の採掘は、子どもたちのほか、脅迫や性的暴力の被害者といった非人間的な状況下にある人たちの手で行われていることがあります。電気自動車を運転するとき、スマホを使ったり、宝石に見とれたりしているとき、こういったものが作られる際の人的な代償について少しだけ、思いを巡らせてみてください。私たちは少なくとも消費者として、こういった製品は人間の尊厳に向けられる敬意とともに作られているのだ、ということを忘れずにいましょう。悲劇から目を背けることは、共謀していることと同じです。ノーベル平和賞の受賞により、私は世界に対して目撃者になることを呼びかけます。私たちに共通の人間性を損なわせる苦しみに終止符を打つため、私たちに加わるよう促します。私の国の人々は死にもの狂いで平和を求めています。しかし、どのように、共同墓地の上に平和を築くのでしょうか?どのように、真実や和解がないなかで平和を築くのでしょうか?」(毎日新聞デジタル引用)↓↓

「レイプ、虐殺、拷問、私たちは死にもの狂いで平和を求めています。」

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