修行は今もなお続く! 終わりなき禅(ZEN)の道の奥深さと魅力とは?

修行は今もなお続く! 終わりなき禅(ZEN)の道の奥深さと魅力とは?

シルバーあさみさんが一目見て「この人こそ!」と思い師事した、数江先生との日々。まさに毎日が真剣勝負で、
失敗の許されない世界だったそうですが、厳しさの中でしか学べないこともあるのでしょう。

前回に続き、禅修行ならぬ人間修行を六年間みっちり、
徹底的に尽くされたシルバーあさみさんの修行道の真相とその魅力に迫ります!(取材記者 TK)

第三回:厳しさの先にはじめて見える「光」がある

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Q 前回は数江先生に弟子入りされた際のエピソードや信頼が厚かったことをお話いただきましたが逆に苦労されたこと、失敗談などはあるのでしょうか?

明治神宮でお茶会を開催された時のことですね。そのお席に参加される方で60代位の方々の陶工の方々がご来場の予定だったので「お客様のご足労をおかけしないように、お迎えにあがろう」と思い、短い距離ではあったんですが、いつも運転している先生のお車で原宿駅にお客様をお迎えに行って明治神宮のお茶室までお連れしたんです。でもその時の私は、先生に事前にお伺いを立てずに自分の判断だけで勝手に動いてしまったことが失敗だったのでしょう。そのことが先生の逆鱗に触れ、お鞄が飛んできたことが一度だけあります…。今でも忘れられません。

でもその時、わかったんです。「ああ、どんなに相手にとって良かれと思って気を利かせて動いたとしても、まだこの世界のことをよく知らない私の素人判断で、先生の許可なく動いてはならないのだ」とー。
その頃はまだ弟子入りして間もない頃ですから、もちろん自分なりに必死でその時は私なりの精一杯の行動ではあったのです。でも信頼関係もまだこれから築いていく段階でわからないこともあったなかで、おそらく「必要以上に立ち入ってしまった」ということだったのでしょう。ただ、この時のことは本当に良い戒めとなり、以降同じことを繰り返すことはなく、その後の指針にもなりました。

Q それは見極めが難しいところでもありますね。ふと思ったのですが、たとえばこれが、シルバーあさみさんのよくおっしゃっている「境界線」のお話にもつながるのでしょうか?

はい、おっしゃる通りです。「境界線」について語ろうと思うと本当にものすごく奥が深いので、これについてはまた別の機会にゆっくりお話したいと思いますが…。
数江先生は「境界線」ということをとても大切にされていた方だと思うんですね。たとえば物理的なことでいうと「畳の縁は絶対に踏まない」とか「ここから先には上がってはならない」といった基本的なことはありますが、さらに重要なのが、目には見えない心の世界やものごとの道理に対する境界線という考え方があるんです。私はその考え方に大変影響を受けまして、今もずっとそのことを大切にしていますね。実はこれも禅の世界に由来する概念で、一言でいうと「他への尊重」ということに尽きるのですが。

誤解のないようにお伝えしておきますが、境界線は、単に相手を自分の好き嫌いの一方的な感情で遠ざけたり「自分とあなたの世界は違う」と言って線引きする自己中心の排他的なものでは、決してないんですね。そうではなく、ある一定のルールの中で「相手を敬い大切に思うからこそ、相手を立て、それにふさわしい行動をする」という姿勢が大切ですよ〜、ということなんです。

たとえばわかりやすい例で高級レストランに行くのに、カジュアルな服装やスニーカーを履いていくのは失礼ですよね? それはレストランのスタッフにとっても不愉快ですし、空間全体の雰囲気を台無しにしてしまうことにもなりかねません。ですのでTPOや相手が求めているものを大切に汲み取りながら、相手を立て、尊重する気持ち。それがすべての基本になります。とくに禅においては「境界線」を大切にするという心構えは、柱となる考え方の一つで、時間をしっかり守る、相手に誠意を持って接する、相手を大切に思うからこそ程よい距離感を保つ、といったところに現れてくると思います。

Q なるほど。シルバーあさみさんのおっしゃる境界線とは、まず相手への尊重が前提にあるものなんですね。ぜひ改めてお話を聞かせてください!
さて、その他にも先生とのエピソードは数多くあられるかと思いますが、とくに印象に残っていることについてお伺いできますか?

そうですね。これは修行の後半の頃のことですが、数江先生の喜寿のお誕生日のパーティーを一任されたことがあって、それが私にとって非常に貴重な経験となりました。先生は禅の研究家でいらっしゃいましたが、一方で華やかなこともとてもお好きでお洒落な方でもあられたので、喜寿のお祝いはホテルオークラで1000人の方々をお招きし、盛大なパーティーを行うことがありました。当日は皇族様から茶道のお家元、お茶の先生、さらに日本の伝統を継承する名家の方々から歌舞伎、能の役者さんまで、先生がこれまでお世話になった方々全てにお声掛けをして、本当に多くの方が参加してくださいました。
私は企画や準備に加えて、当日の進行も一挙にお任せいただき、当日は先生の秘書として素敵なお着物を京都まで行き選んでいただいて名だたる方に「信頼のある内弟子兼秘書」として、ご紹介も頂きました。「何もかも君に任せるよ」という師匠と弟子の関係と本当に素晴らしい経験をさせていただいたと深く感謝しております。これが、20代の時の仕事の実績に繋がって、私自身も茶道家として起業する前の「強味」となりました。
またそれと同時に、私の弟子入りのきっかけになった新宿・柿傳で、後半の頃は水屋を任されていたことも、大変光栄なことでした。柿傳では月に一度、4時間にわたる茶事を恒例で行っていましたが、水屋というのは完全に裏方に徹し、表の席を美しく完璧にするためにあるものなので、実は水屋の役割というのは表よりもはるかに奥深く、相応の準備と心配りが必要とされる世界でもあります。だからこそ先生も「水屋を任せるには相当な鍛錬が必要だ」ということをよくおっしゃっていて、茶事の際には先生ご自身も実際のお席の表以上に「まさに命を賭けていた部分」でもありました。ですので、そこを任せていただいたということは先生に本当に認めていただけたということだと理解できたのです。
実際には4時間の茶事の中で、極上の抹茶をお客様に味わっていただくのは、ほんの15分程度のことで、その他にも懐石料理の準備をはじめありとあらゆる仕事が控えています。しかしその一回の茶事の良し悪しというのは、最後のお茶席でのお客様の反応、つまり「結構でござました」という一言にすべて集約されることになります。だからこそ一つ一つの準備は抜かりなく、またお客様の様子を陰で見守りじかに汲み取りながら、真心込めておもてなしする力が必要となるのです。

Q 茶道も十分に奥の深い世界であるのに「茶事を極める」というのは、水屋の役割も含めて一筋縄ではいかない、本当に奥の深い世界であることがよくわかりました。以前もおっしゃっていたように、知識だけでは到底辿り着けない世界ですね。

まさにその通りです。茶道はもちろん、とくに数江先生が専門にされていた茶事というのは、お客様をお迎えするところから懐石料理をお出しして、良き頃にお茶をお楽しみいただきお見送りするまで、数え切れないほどの準備と作法があって、これは知識だけでは絶対に成り立たない世界になります。茶事を一度でも経験されたことがある方であれば、なんとなくでもその雰囲気を掴んでいただけると思うのですが、本当にその世界を極めようと思ったら、どれだけ時間があっても足りないくらいで…。実際に一回の茶事を行うために何年、何十年と準備に時間をかけるお席もあるほどで、それだけ「たった一回の席、一瞬にかける心意気やおもてなしの心」というのは、一朝一夕では身につかない、まさに生涯をかけて実践の中で学んでいく“道”なのだと思います。

数江先生が素晴らしかったのはそこにあって、理論や哲学をきちんと理解されていた上で、それ以上に日々の実践に重きを置かれる方だったからだと今改めて感じています。そしてそれほどまでに徹底されていたにも関わらず、ユーモアのある方で、伝統の継承だけでなく現代に合ったかたちで新しい文化を創造しようという積極性もあられた。茶道という一つの伝統の中で脈々と「守る」だけでなく、先鋭的な試みに挑戦しようとされる姿勢は、私にとっていつもまぶしく刺激的でさえありました。そしてそれは、まるで厳しさをくぐり抜けた先に見える、“一筋の光”でもあったのです。!(取材記者 TK)
(続く)

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