人間なんて失敗だらけさ!

人間なんて失敗だらけさ!

「人と人で魂は磨かれている」このことに気づいている人へ何をどうしたら次の次元を抜けるために必要なのか考えていましたー。あっ、先に「人と人で魂は磨かれている」とまだ気づいていない人にはこの言葉を伝えてあげましょう。ただでさえ人間関係の悩みがあると息が詰まり頭はそのことで一杯になってクラウンチャクラも澱んでいるでしょうから、「自分を発見する」ために人間関係があると教えてあげてくださいね。人間はハイヤーセルフに繋がっていないとなぜかネガティブな関係性だけにフォーカスして次元の低い妄想までもが膨らんでいまいます。その前に。

~未熟な時の自分を責めないこと~

10代、20代、狭いレールにひかれて親に従ってきたり、小さい枠組みを押しつけられていたとも気づかずに、学校、職場で繰り広げられてきた自分なりの体験で誰もが1回や2回は「後悔」「罪悪感」の経験があるのではないでしょうか。「シルバーあさみの公式」で気づくと潜在意識の蓋もあくので記憶を思いだしてくることもあってそれは軽く解放したりしている好転現象なのですがそのことを知らないと「懺悔」の思いや自己責めが起きるのではないでしょうか。「なんであんなことをしてしまったのか?」それが募ると自己価値が低くなり、人間関係がおっくうになったり空虚な感じがしてしまうと思います。親子、夫婦、パートナーシップ間、親戚間、兄弟間、会社の人間関係、パート先の人間関係、未熟な時の失敗体験は同時に起きたりもしますから思考の洞窟に入ってしまいます。人間の「不安」なんていうものは「過去の悔い」から起きることが多くて、後悔という過去への執着が大きい人ほど未来にも何かが起きるのではないかと「不安」も募るという心理のからくりです。

未熟の反対語は成熟だとすると、魂が輝いていない時、気づいていない時、未熟な時の「自分を責めないこと」から始めましょう。今日からやり直せばいいではないですか?ーしかし、わかります、そうは簡単にやりなおせないのは、「罪を償っていない」という観念に捉われるからです。「なんであんなことをしてしまったのか?」と思う相手に「お詫び」することをかなりお勧めします。「ありがとう」と同じぐらい有効な「お詫び」です。これができない人間は罪を償えない場合もあります。すると意識的に牢屋にはいっているような暗い思考で鉄格子がずっとはりめぐらされます。「お詫び」できない理由は、「相手になんといわれるかわからないから」「もう会えないから」などがあるかと思いますが、何といわれても詫びるのが誠意といいます。またもう現実に会えない事実がある相手だとすると、手をあわせて「あなたを許します。私を許してください」×3回がいいでしょう。ぜひ今日は1日かけてやってみましょう。1人づつ思い浮かべるといいですね。たくさんいる~?! では尚のこと早めに取り組みましょう。「罪悪感」や「罪」は肉体を痛める現象にもつながりやすいようです。

0歳~12歳の幼少期の影響度が多大であることをよく書きます。確かだからです。すると13歳から20歳代の息子や娘にしてしまったことを後悔する方々がいます。お気持ちはわかりますが、「気づき、改善して、お詫びして、調和と成す」ことが宜しいと思います。その時にはくどくどいわないで「あの時はお母さん未熟でごめんなさい、これから1人の人間としてやり直します」が適切なのではないでしょうか。そして本当に改善して自己向上しましょう。人間は自分ではその時はそれしかできなかったのでしょうが、後悔できるのは魂が成長したからであり、ずっと相手を責めるだけのB層とは魂ランクが違うと思いますから「自己責め」からも「気づき」から「目覚めにあがる」時に起きると認識してください。「相手のせいではない」って気づいたから「自己責め」が起きるとしたら「他者責め」の人より魂ランクは上ですからどうぞ自分を赦していきましょう。

不倫、嫉妬、暴言、勘違い、相手のせいにした、子供をおいつめた、夫をおいつめた、親に言ってしまった、同僚に言ってしまった、できるだけ相手に「お詫び」しましょう。人間は過去の体験から学び、お詫びするとリセットができてカルマ(因果の鎖)にならず、改善して教訓してまた魂が進化することでしょう。世話になった相手にお詫びできない人はカルマの悪連鎖にはまり同じ罪を繰り返します。だからお詫びするほうが得策なのです。身近な相手から取り組みましょう。

人間なんて失敗はあるさ!割り切って生きましょう。ただし詫びる。

シルバーあさみの心眼コメント

「自分を責めないこと」から「お詫び」の話になりました。「自分を責めない」してしまったことはしてしまった未熟な体験の過去があり、それにこだわっていると過去に生きていることになります。リセットすると「自分責め」は終わるようですので上記の話でした。「すみません」という言葉は次元が低く魂が入っていないので使用したことがありません。かなり前ですが、2000年創業前に私は、母にも娘にもお詫びしたことがあります。20年前、元夫にも悔しかったけれど土下座してお詫びしました。お詫びしてほしいのはこちらだと苦しく感じていたような経営事象があったが潔くお詫びしました。また当時ご迷惑をかけた関係各位にも直接お詫びしました。その後「離婚」に全く後悔がありません。その後の人生の方がとても楽しくて自己価値がとても安定しています。相手に「学ばせて頂いてありがとう」と手を合わせました。亡き父には亡くなってから自身のわびるところだらけを気づきましたので今でも手をあわせます。また、OL時代、茶道界時代、セレクトショップ時代、転身後セミナーをしていて思わぬ起きたこと、関係各位取引先、今も、わずかになってきていますが会社のスタッフ達にすらわずかなミスでも即「お詫び」を徹底しています。「申しわけありません。言いなおしますね。」私はこれで未来に不安が全くないのと体が丈夫なのがこの結果だと思います。