「国会議事堂内の大嘘」がなぜ許されるのでしょうか?

「国会議事堂内の大嘘」がなぜ許されるのでしょうか?

稲田朋美防衛大臣は「存知ません」どころか、学校法人「森友学園」の民事裁判に出廷していたことが判明、また、稲田氏の政治資金パーティにも籠池理事長夫妻が出席していた事実がわかり、どちらかというと親密な関係であったという事実に対して野党4党は「明確な虚偽答弁」と指摘、国会軽視として大臣の辞任を求めています。与党は簡単なお詫びをした稲田氏の辞任要求は拒否しています。国会議事堂内の大人の嘘が許されるのでしょうか?また、自衛隊を命令できる立場の防衛大臣としてふさわしいのかと素質が問われています。国民はただ「唖然・・!」とするばかりであります。

籠池理事長など「まったく存じません」という大嘘はなぜ国会で必要だったのか? 籠池氏も「なぜ嘘つくんでしょうね~」と動画で反撃!

政治家の嘘に対して、いつもいつも感じるのは、いずれはばれるのに平気で飄々とした嘘の表情に驚きます。なぜ最初に「このたびは大変申し訳ありません」といえないのでしょうかね?籠池理事長がユーチューブ動画で「よく知っているのに知らんと言われるのはおかしいわなー」と反論していました。本当にこの方々は、嘘をつき通して良心に耐えかねて胸など苦しくなることはないのでしょうか?この話は不愉快すぎて今日はもうやめにしましょう。南スーダンで戦火が悪化したPKOからの報告書があったのに「書類はない」「消滅した」ということです。「嘘をつかないと首になる」という官僚もいるのかもしれません。いずれにせよ、宇宙がセイバイしてくれることでしょう。この嘘を嘘で塗り固めるのがあまりにも多発していることに今日もうんざりしながら、社会事象から「嘘」についてを考察してみました。

子供が嘘をつく・・親に気に入られたいから、いじめられるから、怒られたくないからそんなことは幼少期や10代にはあることでしょう。しかし青年期以上に続くのは、親のどちらかが厳しすぎたり、狭いレールにひかれている場合に起きやすいように推察しています。自分と親の関係性に乱れがあると比較的、嘘をつく回数が増えてしまうように思います。

男女間の嘘・・三角関係、うわき、不倫関係では嘘が多発してしまうでしょう。こちらも失われた欠片を追い求めていると嘘が多くなって麻痺してしまうのではないでしょうか?

虚言癖の嘘・・自分を大きく見せたい、立場を高めたい、肩書のため、おごり、上下間のしがらみ、虚偽、虚構、虚言は、人間的な信用を失うばかりか誰にも相手にされなくなります。人にも迷惑をかけて平気な人間がする場合が多いです。肩書査証問題も多発していますが、肝が小さい人が嘘、大嘘をつくと判断します。立場をうしないたくない嘘が、立場をうしなうことになると知らない人です。虚言癖の人は神経がマヒしているともいわれていて、自分でもわからなくなることがあるぐらい、長年嘘をついてすごしているようであります。

「閻魔様に舌を抜かれる」

シルバーあさみの心眼コメント

「父親に癌を伝えるのか、いや、しばらくはうそをついておこう」という家族ドラマがありますが、今日のテーマは愛のないウソについて考えてみました。(子供以外)胸にはハートチャクラがあるのですけど、通常は胸が苦しくなるはずです。平然と言える嘘をつきなれている人は、基本的に「人を馬鹿にしている」「見下している」人に多いのではないでしょうか? 人間失敗はありますし、落語にあるようなわずかなちょっぴりの嘘は誰もが経験があるかもしれませんけど、人を貶める嘘をつく人たちは、地獄に落ちると紀元前から世界各地で逸話としてもいわれてきています。きっとその知識はないのかもしれません。というか、「人の道に反する」スロートチャクラ(喉にあるチャクラ)もブラックだな・・。私自身は嘘を一切つけずに立場がやや悪くなった経験の方が、若い頃から多かったけれど、それでいいんだと今でもとても「人の道」の誇りにしています。