エグスプロージョン「千利休」は、WABISABIめちゃ抹茶!? 千利休も豊臣秀吉もびっくり!!

エグスプロージョン「千利休」は、WABISABIめちゃ抹茶!? 千利休も豊臣秀吉もびっくり!!

茶道の元祖、千利休は茶の湯のWABISABIや「無」「空」を極めて、
ただ1服の抹茶に命をかけて豊臣秀吉と向き合った歴史があります。

千利休が豊臣秀吉に殺されて(諸説ある)室町時代没425年後に
このような動画で伝えられるとは、誰が想像したでしょうか。

エグスプロージョンの「千利休」

私は、16歳から尊敬する祖母に茶道を本格的に習っていました。
祖母が尊敬する哲学家・数江瓢鯰子先生の内弟子として禅的な修行後、
茶道教室を3軒、懐石マナー教室、和の陶器会社を運営していました。

表千家、裏千家、武者小路千家の茶道3派、江戸千家、大日本茶道学会などが
ありますが、私の師匠の数江先生は、すべての家元からも尊敬されていました。

流派は時に敵対する場合もありましたが、「1服の茶」は千の利休が開祖として、
日本の伝統芸能に多大なる影響を与えていました。中世の思想史にも影響があり、
「是好日」「竹に上下の節アリ」「流水の如く」などの禅語を床の間に掛けます。

ここに書ききれないほど奥深く、陶磁器、日本画、神社仏閣あらゆる日本文化の
中心的な精神性の中軸に「茶道」の存在があるといっても過言ではありません。

千利休(せん の りきゅう、せん りきゅう、大永2年(1522年) – 天正19年2月28日(1591年4月21日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての商人、茶人。

わび茶(草庵の茶)の完成者として知られ、茶聖とも称せられる。また、今井宗久・津田宗及と共に茶湯の天下三宗匠と称せられ、「利休七哲」に代表される数多くの弟子を抱えた。子孫は茶道の三千家として続いている。天下人・豊臣秀吉の側近という一面もあり、秀吉が旧主・織田信長から継承した「御茶湯御政道」のなかで多くの大名にも影響力をもった。しかしやがて秀吉との関係に齟齬を生じ、最後は切腹へと追い込まれた。切腹を命ぜらるに至った真相については諸説あって定まっていない。

千利休 – Wikipedia

エグスプロージョン、なかなか研究しているな、と思える脚本でして、
日本の時代が自由に変化したとはこの動画で象徴されると感じました。

シルバーあさみの心眼コメント

明治生まれの祖母も、大正生まれの数江先生も「茶道」を極めました。
2人も苦笑して見るのではないでしょうか? まったく笑える動画です。

茶道が衰退していますので、このような動画で興味をもってくれる人達、
千の利休が、戦国大名に慕われた訳をしってもらえるならば何よりです。

唯一、狭い茶室だけには、戦国大名たちも刀を置いてはいることを約束していました。
ここ究極の「今という瞬間」に込められているとは一期一会が「1,2,3」であります。

「3回まわしてお茶を飲む」ことを知っているエグスプロージョンに指南したいですね。