八坂神社から祇園をルポしました!~文化の継承も簡単ではない編~

八坂神社から祇園をルポしました!~文化の継承も簡単ではない編~

こんばんわ~シルバーあさみの公式ブログ」を読んでくれておおきに~。。(京都弁)「今日は1日、八坂神社から祇園をルポします。シルバーあさみならではの目線で「日本の文化」を楽しんでください。私は25歳~30歳まで約5年間、ほぼ毎週1回は京都の表千家家元の高宗匠(利休さんの親戚)に茶道を習いに行っていました。稽古の都度、八坂神社にお参りに行っていました。また禅の師匠が陶磁器の収集家でしたので美術商から掘り出し物の連絡があると古陶磁器を見に行く時によくお伴をしていました。食通の師匠が通う「一見さん」お断りの食事処へ寄って帰る贅沢な日帰りでした。今日はそのルートをたどってみます。

八坂神社は創祀については諸説あり、656年高麗より来朝した施設の伊利之(イリシ)が新羅の素戔嗚尊を山城愛宕郡八坂郷の地に奉斎したことに始めるという、また、一説には南都の僧円如が建立、天神が否樫山の麓、祇園林に垂跡したことに始まるともいう。天長6年(829)紀百継(きのももつぐ)は、山城国愛宕郡八坂郷丘一処を賜り、神の祭祀の地とした。これが感神院の始まりともされている。そして、八坂造の娘を妻とし、男子のなかった八坂造家の職を継承したといわれ、その後裔である行円(ぎょうえん)は、永保元年(1074)に感神院執行となり、以後子孫代々その職を継ぎ、明治維新による世襲制の廃止まで続いた。(八坂神社のホームページから引用)武家の崇敬もあつく、平清盛の田楽奉納、源頼朝の狛犬奉納、足利将軍家も社領の寄進、豊臣秀吉は母大政所の病気併願を祈願し大塔を再建、一万石を寄進しました。江戸時代には徳川家も社領を寄進、あつく信仰していました。明治4年、官弊中社に列格、大正4年に官弊大社に昇格しました。

「はんなり街を歩くことができるのか?」~悟っていないと文化の継承も簡単ではない~

八坂神社の途中にある「美容水」(身も心も美しく)の前は修学旅行生の女子中学生が長蛇の列でした。昨日の混雑に懲りて9時到着「八坂神社」は正解でした。修学旅行生2グループぐらいと数名のアメリカ人の人達がいたぐらいでした。八坂神社の奥には「円山公園」「知恩院」があります。短時間で拝見して正面に戻るとこれから混雑が始まりそうでした。しかし、正月に八坂さんの御焚火を師匠と拝見したことを思いだし統合作業の1つが終わりました。。「八坂さん」と地元の人に愛される神社は明るい波動でした。とてもスッキリしました。こちらは京都へ行ったら安心してお参りください。

八坂神社がさほどの混雑でないと思いきや、「祇園」花見小路がすでに混雑でした。朝なので舞妓さんとは会えませんが、茶屋を撮影している東南アジア系の人達が多しです。日本人の女性が感心に浴衣を着て歩いていると撮影で捕まっている光景があちらこちらです。渋滞情報のルポではないのですが、ホテルから乗ってきたタクシーの運転手さんが「台湾人、中国人、ベトナム人の多さに驚きますやろ、もうすこしマナーをようしてくれるといいわね、白人さんは日本の文化が興味があるから静かにみてはるけど、あの東南アジアの人達は大騒ぎでゴミをあちこちに捨てるやろ、あんまり言っちゃ悪いけど、文化できてるんやなくて旅行チケットが安いからきてはるからしょうもないわ」と嘆いておられました。・・同感・・「植民地化してますね」というと「そうやなー、ほんまや」と笑って「伏見桃山なんていったら大変やで、あそこが最も満員電車やわー」というので「昨日行きました、すごかったです。」というと笑っていました。

「一力」最高級料亭です。表千家家元と数江先生に連れていって頂きました。(貴重な体験、当時は守秘ですが20年以上たったので解禁)このような料亭に舞妓さんたちを呼びます。そこで三味線や舞の芸をみながら舌鼓です。その粋な大人の遊びは客側もマナーとルールがあり何度もみておいてお勉強になりました。おそらくお座敷1席30万~50万でしょう。(現在はわかりません)、粋に遊べる流儀がわかる人、ゆったりと支払いができる人がいないと成立しません。東京の神楽坂や赤坂の料亭が激変してきたように心配していましたが、さすがの風格でありました。歌舞伎役者さまや著名芸能人、かつては郷ひろみさんが舞妓さんと浮名を流した「一力」です。なんと先日、舞妓さんの舞を見ている写真がでてきましたがこれは秘蔵ですね。ここは「一見さんお断り」なので、中国の富裕層の人もなかなかはいれない場所です。ここは外国人旅行者は気づかないのでここだけシーンとしていました。他の茶屋らしい茶屋は記念写真のオンパレードでした。夕方舞妓さんがでてきたらどうなるんでしょう。気の毒であまり見たくありません。途中、高級懐石料理の板前さんや老舗和菓子屋のだんなさんが水をうっていましたが、あのがちゃがちゃを毎日みて、かなり悟っていないと葛藤がうまれそうです。観光に頼るか極み道か?お客を選ぶか、観光客か? 観光客用のお土産屋さんは別として以前を少し知っている私ぐらいでも息切れしましたので「ほんま、悟っていないとやってやれへんやろな」という場面を何度も見た訳でございます。京都のなんの因果応報でしょうか。文化の継承も近代は簡単ではございません。せめて知っている日本人がマナーよく拝見しましょう。

シルバーあさみの心眼コメント

通人なら知る人ぞ知る「権兵衛」です。やはり京都にくるたびに必ず立ち寄りました。「そば」「うどん」が天下一品。京都ならではのソツのない接客がさすがです。静かな店内ではんなりと「かけそば」「とろろそば」「天ぷらそば」(1200円~2000円)「あなごそば」(2500円)などわずかな種類しかありません。店内は日本人だけでした。今日の発見は、高級よりの店、和菓子喫茶くずきりやなども1500円はするせいなのか日本人だけでした。そうか、そうなっているのですね。途中のチェーン店は外国人の人達がハンバーガーを食べていました。京都の文化は食の継承もあります。味覚の良い客がいると継承できる「一見さんお断り」。また東京のデパートに出店していない京都ならではの店舗を知っていると通人です。(※権兵衛は食べたらすぐ器が下げられるからすぐ外にでましょう)(花見小路切り通し)あの雰囲気はセンスをあげるので八坂さんにいった帰りはお勧めです。