ブッタの悩みが、仏教の原点でありました。

ブッタの悩みが、仏教の原点でありました。

約紀元前463年前生まれ(不明)古代インド ルンビニー、母親の名前は、マーヤです。
生まれてすぐに7歩歩き、右手で天を指し左手で大地を指して「天上天下唯我独尊」

父親はシャカ国のスッドーダナ国王、ブッタはシャカ国の王子でした。
ゴータマ・シッダッタ(ゴータマ・シッダールタ)がブッタの名前です。

ブッタの悩みが仏教の原点でありました!

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城壁の中で美しいものしか見せられずに育っていたが、
一度、父親と外出して、世の中の現実を目にしました。

人が老いること、老い、病で倒れること、病、死ぬこと、
死、人生とは、はかないもの、苦しみにみちたものである、
なぜ、人は苦しむのか、苦から抜けだすことはできないのか?
人間ブッタの他者に対する悩みの問いかけが「仏教の原点」でありました。

ブッタは、地位も名誉もすべて捨てて生死病死を超える真理を求める修行の道に入りました。
35歳のときにブッタはついに悟りを得ました。苦しみがどこからきているのかを知りました。

原因は、「人間の煩悩」である、その煩悩を消すと一切の苦しみから解放される、と「悟る」

ブッタとは、古代インドの言葉、サンスクリット語で、「目覚めた者」という意味です。
悟った直後は、自分の悟りは一般の人々には理解できないだろう、と考えますが、
人々に教えを広めることを決意して、
6年間、苦行を共にした弟子たちに最初に教えを説きました。その教えとは、

「諸行無常」
人もあらゆる物事も、おなじままでとどまることはない(無常)
すべては移り変わっていて、昨日と今日は違い、明日はまた、別の姿になっているもの
美しい花もいつかは枯れて、人の命にさえ、限りがあること。

「一切皆無」
人間のもつ煩悩を3毒(怒り、愚か、貪り)として、
108の煩悩に心を乱されながら生きると、苦しみが増える、
煩悩の原因をみつけて消滅させればいい、
この真理を知らないことを、「無知」「愚か」といい、煩悩を減らし、
心を穏やかに保つことで苦しみを減らすことができると悟りに至るプロセスを解きました。

「悟りの道を歩むか歩まないかは、己が判断せよ」

シルバーあさみの心眼コメント

これからの時代は、「日常の悟り道」です。
これから「禅」の説明をする前に「ブッタの原点」を書いてみました。
ぜひ何度か読んで理解してくださいね。
ブッタの悩みの原点が庶民の苦しみから起きて修行が始まったという、
まことに「諸法無我」を感じる次第であります。

「諸法無我」
私というものはない、個がない、他人との境界線はあるが、
同じ人間に生まれて、苦しみの輪廻からぬけだすことです。